she diary

現役船乗りがおくる、みんなを笑顔にするブログ

東京都民が船乗りを目指した理由

要はお金がたくさん欲しかったです、、、笑

でもなんで船乗りが稼げるって気づけたのか最後まで読んでみてください

 


私の父は東京都足立区で寿司屋を営んでいました

 

 

そのお客さんの息子さんが「タグボート」という船に乗っているらしい。

 


当時私は船のことなど全くの無知で

タグボートと言われても「どんなボート?としか思わなかったのですが

 


どうやらタグボートは大型船が入港する手伝いをしたり大型船の進路をエスコートする船らしいということ

 


そしてお客さんが「バイクや高級車やら乗り回して生意気で大変」というくらい稼げる職業ということだけがわかりました笑

 


当時の私は高校三年元野球部員で夏の高校野球予選に敗れたばかり。

 


野球漬けだった毎日から一転、坊主頭のニート高校生が出来上がりです笑

 

 

 

受験生なのに勉強するにもやる気が起きず生活は本当にニートそのものでした。

 


そんな時に職としての船乗り、そして船乗りになるための学校である国立清水海上技術短期大学校の存在を知りました。

 


もともと高校も野球の推薦で入ったような私は高校でも赤点を回避するだけの勉強しかせず(それでも赤点はとりました笑)

 


顧問の先生に勉強しろと言われてたにもかかわらず学校では野球、家ではゲームの生活を3年間続けていました。

 

 

 

だからこそ自分にはわかっていたことが一つありました。これは生存戦略というか、無知の知というか、これを高校生の時に気づけていてよかったなぁと思うことです。

 

自分が勉強したところで大した大学には行けないし、たいしたものにもなれない、トップ中のトップじゃなきゃ、勉強では稼げないと思っていました(今考えればそんなことないし、学歴とかもあんまり関係ないなぁと思うことばっかりだけど)

 

 

だから人と違った資格や免許を取って頑張るしか無い。自分の価値を資格などで上げていかなければいけない、という思いがありました。

 


船乗りという職が気になったのもこれが理由です。父も寿司職人。手に職をつけることの大切さと有意性について気づいていたのかもしれませんね(父の場合本当に寿司を握るのが好き!という感じの職人でしたが笑、まぁ天職ですよね父にとって)

 


また品川駅の生けるゾンビという話を聞きました。品川駅には毎日同じ電車に同じ時間にゾンビのような顔をして満員電車に乗っている人たちがいるんだみたいな話です。

 

今考えるとそれも日本にとっては必要なことだし、ゾンビなんかじゃなく一人一人役割をもった立派な日本の社会人達だとわかるのですが

 

未熟だった高校三年生の僕にはそれが恐ろしく感じられ。そんな生活をするなら大海原に出て人と違うことをしてみたい、という思いが強くなっていったような気がします。

 

思い立ったら即行動の僕ですから願書を出そうと思ったのですが締め切りギリギリ、本当にギリギリでした。

 

仲のいい現代文の先生に志望理由の文章の添削

をしてもらいました。本当にギリギリだった、今思えばあの先生に頼んでおいてよかったなぁという思いでいっぱいです、感謝感激

 

願書は間に合ったものの、その後は試験の勉強です。またその現代文の先生に面接練習や試験科目の小論文の添削と本当にお世話になりっぱなしでした(社会人三年目になる今連絡とってお礼言おうかな笑)

 

てんやわんやしながらもなんとか試験に合格

これは学校に入学してから聞いた話なのですが。自分は面接の点数がめちゃくちゃ良かったとか。ほんと、、、

 

いろいろと幸運が重なって船乗りになれた感じですね、、、

 

僕は周りの人に本当に恵まれてます。ありがたいです